視力を取り戻すことが出来ないケースもあるので、レーシックでのリスクも頭に入れておく必要もあります

レーシックの手術を行ったことによって生じる可能性のある後遺症としては「目の充血」「目が沁みる」などがあります。
手術直後の一時的なものとなっており、長くても一週間程度で落ち着くものですので、そこまで心配をする必要はありません。視力の低下というのは、近視の程度が酷ければ酷いほど、その可能性が高くなってくる後遺症と言えます。
なので事前の検査である程度のレーシックのリスクを理解しておきましょう。

 

レーシックをすることで視力が再び低下してしまうなどの症例はほとんどありえません。
もし視力が低下してしまっても、角膜の厚みがまだ十分に残っている状態でしたら、再度レーシックの手術を受けることが出来るのです。
まだまだレーシックという手術は新しい医療方法であり、100%の確率で成功するとは限りません。
つまり視力を取り戻すことが出来ないケースもあるので、レーシックでのリスクも頭に入れておく必要もあります。

 



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僕の家の自慢は「銀木犀」…
高さ、およそ四メートル、
こぶのあるごつごつした太い幹の周りは、
大人が二人がかりでやっと抱えられるほどである。

銀木犀の花びらがほろほろこぼれ落ち、
辺り一面真っ白な雪のように散る様も、また見事!

この銀木犀は、僕の父親が植えたもの。
庭に植える植木にあれこれ思案しながら、
父親は銀木犀の木を選んだらしい。

金木犀のような強い香りでなく、
それでいて庭木として価値のある苗木を探し、
自らの手でこの銀木犀を庭の真ん中に植えたという。

今では、堂々とした大木に成長し、真緑の生い茂った葉は、
いつもさわさわと、心地よい葉音を立てている。

父親は、三十六歳という若さでこの世を去った。
青年教師の面影の残る遺影が、今でも座敷の鴨居に微笑む。

小学校の教師をしていた父親は、
運動会の校庭の整備作業中、がけ崩れの事故で亡くなった。

幼かった僕の記憶は実に曖昧で、
父親の思い出は皆無に等しい。
父親の面影すら、思い出すことが出来ない。

しかし、事故当日の周りの騒がしい様子や、
事故を聞いた時の息子ながらに感じた不安な気持ちだけが、
かすかに脳裏をかすめる。

社会人になった僕は、
気がつけば父親の歳を遥かに越してしまった。

しかし、不思議なことに
息子の頃からこの銀木犀が大好きで、
毎年銀木犀を見上げては、その豊かな香りに秋の気配を感じ、
心癒され元気付けられて来た。

祖母は毎年必ず時季になると、
一輪挿しにこの枝を挿し、ささやかな家庭の中で、
移り行く季節を楽しんでいた。

そして、
ただ漠然と、いつも心の隅で、
「これは昔々、お父さんの植えた木なんだなぁ」と
僕は記憶にない父親を思ったりしたものだ。